忙しさと充実感を勘違いしない|充実した人生を過ごせる人の処世術
本質
予定が埋まっていることと、大切なことに時間を使えていることは別である。
原理と解説
朝から夜まで予定をこなしたのに、振り返ると「今日は何をしたかったのだろう」と感じる日がある。予定が詰まっていると活動量そのものが達成感に見えやすいが、その中身が自分にとって大切かどうかは別である。頼まれ事や惰性の約束で時間が埋まれば、忙しく動いていても、本当に使いたかったことには一時間も残らない。充実感は予定の多さではなく、その時間が何に向いていたかで変わる。 一週間の予定を見返したとき、仕事、会食、買い物、付き合いで空欄がほとんどなくても、自分が大切にしたい読書や家族との時間が入っていないなら、一つ予定を減らしてそこへ振り替える。反対に、何も入っていない休日でも、ただ時間を持て余して終われば、それだけで充実したとは言えない。重要なのは空白を増やすことではなく、限られた時間の中に「これに使えてよかった」と思える時間を残すことにある。 予定を組むときは、「どれだけ埋まっているか」ではなく、「この中に自分が大切だと思う時間が実際に確保されているか」を見るとよい。予定が多すぎてそれが消えているなら、一つ減らす。余白があっても大切なことに使えていないなら、そこへ時間を置く。忙しさも暇も、それ自体を充実の証拠にはしない。日程表の密度ではなく、何に時間を渡したかで一日を評価することが、充実感を見誤らない基準になる。